RIKEN/RIBF施設共用促進事業

1. GIRO法(Gamma-ray Inspection of Rotating Object) とは

医療診断では、体の内部を外から触らずに診る方法が広く使われます。健康診断や人間ドックで使われるX線撮影や超音波検査などのほかに、核医学検査と呼ばれる方法があります。これは放射性同位体(RI)を含む医薬品を被験者に投与して、RIから出る放射線を外から測定し、医薬品が時間とともに体内のどこに集まるかを追跡する方法です。体内器官の状態だけでなくその機能の診断が可能で、単一光子放出断層撮影法(SPECT)や陽電子放出断層撮影法(PET)がよく使用されています。
一方、工業分野では、X線や超音波は機械や材料などの検査などに広く使われていますが、SPECTやPETのような核医学診断技術を応用した機能検査は未開拓です。その理由として、核医学診断用の装置は多数の放射線検出器を使用するので複雑・高価であること、また法規制などによりRIの利用がまだ一般的ではないことが挙げられます。
理研仁科センターでは、加速器で作られる重イオンビームやRIを産業分野に役立てることを目的に、様々な技術開発を行っています。その1つに、ものの内部にあるRIの分布を簡便・安価に画像化する方法の開発があります。これは回転する物体上のガンマ線放出核種の分布を画像化する方法でGIRO法(Gamma-ray Inspection of Rotating Objectの略)と名付けています。この方法のミソはRIを載せた被検体を連続回転させ、同時に検出器を連続往復運動させることで、図1左に示すように少数の検出器で図1右のPETと同じ情報が得られます。GIRO法では被検体を連続回転させるので、ヒトや動物に適用することは困難ですが、機械の回転部品などの診断に応用の可能性があると考えています。産業利用開発チームでは、この方法が実際に動作することを確認して性能を評価するため、装置を試作して測定を行っています。
GIRO_Fig01
図1:GIRO法とPETの比較。


2.原理

点線源の場合についてGIROの測定原理を図2に示します。
GIRO_Fig02
図2:回転体上の(r,θ)の位置に点線源が1個ある場合の検出器と線源の位置関係(左)とそのサイノグラム(右)。

連続回転する線源の両側で平行移動台に固定された一対のガンマ線検出器が平行往復移動します。検出器の前にあるコリメータで、検出器から線源が見える領域がほぼ直線状に限定されます。この直線をLOR(Line of Response)と称します。線源の回転運動と検出器の平行運動に伴ってLORが線源をスキャンしますが、ガンマ線が検出できるのは線源がLOR上にある時点のみです。回転角をφ、回転中心からのLORの変位をsとして ガンマ線の計測数を(φ、s)平面上に2次元プロットすると図形が得られますが、これはサイノグラムと呼ばれて医用画像の分野でよく使われます。図2のように線源が点状の場合、サイノグラムは1本のサインカーブになり、その振幅と位相は線源の位置で決まります。線源が2次元分布する場合は、サイノグラムはサインカーブの重ね合わせになります。サイノグラムから元の線源分布を再構成するアルゴリズムは医療分野で確立しています。
GIROの測定にはSPECTとPETの2つのモードがあります。SPECTモードでは図3左に示すように線源からのγ線をそれぞれのγ線検出器が独立に検出します。PETモードでは図3右に示すように陽電子の対消滅で180°方向に放出される2個の511keVのガンマ線を対向する検出器で同時計測します。
GIRO_Fig03
図3:GIROの2つの測定モード、左は単一光子測定(SPECT)モード、右は陽電子消滅による2光子同時測定(PET)モード。

SPECTとPETの比較を表1に示します。SPECTモードでは多くの種類のガンマ線放出核種が使えて、それぞれ核種の分布を迅速に得られます。ただし環境中の線源によるガンマ線やコンプトン散乱などによるバックグラウンドが高く、また再構成した像の広がりがコリメータの幅よりも大きくなります。PETモードでは陽電子放出核種しか使えませんが、SPECTモードに比べて低いバックグラウンドと高い位置分解能が得られます。ただし同時検出の効率が低いので高い位置分解能の測定には長い時間を要します。
GIRO_Tbl01
表1:SPECTモードとPETモードの比較


3.プロトタイプ装置

試作した装置の図面を図4に、その写真を図5に示します。
GIRO_Fig04
図4:GIROプロトタイプ装置の図面

GIRO_Fig05
図5:装置の写真

中央にある直径140mmの回転台に線源を載せて連続回転させます。回転台にはタイミングピンが固定され、それが回転台の横の光センサーを通過してからの経過時間から、任意の時点で回転台の角度が測定できます。回転台をはさむ形の1枚板の平行移動台があり、連続で往復運動します。平行移動台の上には2組のガンマ線検出器が向き合わせで設置されています。それぞれの組は幅50mm、高さ50mm、奥行100mmのNaI(Tl)シンチレーション検出器の2段重ねで、その前に幅4mm、長さ10cmのコリメータがあります。コリメータは厚さ3cmの鉛板を2枚並べてその間に厚さ2mmのタングステン板2枚を4mm間隔で平行にはさんだ構造で、向い合せのコリメータが一直線上に乗るように位置合わせされています。回転速度・平行移動速度の設定は比較的自由です。
検出器がガンマ線を検出すると計測回路系とデータ処理系がそのエネルギー、その時点の平行移動台の位置と回転台の角度を測定し、PCの大容量記憶に順次記録します。測定データは後で読み出してサイノグラムを描き、それに基づいて回転台上のRI分布を再構成します。回路系の設定によりSPECTモード(いずれかの検出器がガンマ線を検出した場合に記録)と、PETモード(対向する2台の検出器が同時検出した場合のみに記録)を選択できます。またSPECTモードの測定で記録されたデータを解析する段階でPETに相当する同時計測事象のみを選択することができます。


4.測定結果の例

ここではSPECTモードとPETモードで行った測定結果をいくつか紹介します。いずれの測定でも回転台は1分間150回転して、平行移動台は10秒毎に2mmステップで回転中心から±74mmの範囲を連続往復しました。サイノグラムからRI分布を再構成するアルゴリズムとして最尤推定−期待値最大化(ML-EM)法を使用し、一辺150mmの正方形を75×75個の2mm角のメッシュで分割して、それぞれの区画の強度を算出しました。

4.1 SPECTモード測定

SPECTモードの測定では、その特長である多核種の画像化を検証するため、ナトリウム22(Na-22)、セシウム137(Cs-137)、ユウロピウム152(Eu-152)の3核種の線源を使用しました。このうちNa-22は陽電子放出核種なのでPETモードの解析も行いました。

GIRO_Fig06
図6: Na-22、Cs-137、Eu-152のガンマ線をゲルマニウム検出器(左)とGIRO装置のシンチレーション検出器(右)で測定したスペクトル。GIRO測定ではガンマ線のエネルギーが色別の領域にあればそれぞれの核種が検出されたとみなした。

図6はこの3つの線源のガンマ線スペクトルで、左は参考のためにゲルマニウム検出器で測定した3線源のガンマ線スペクトル、右は同じ線源をGIRO装置のNaIシンチレーション検出器で測定したスペクトルです。ゲルマニウム検出器はエネルギー分解能が高いので、それぞれのガンマ線のピークが区別できます。Cs-137は662keVのガンマ線、Na-22は1273keVのガンマ線のほかに陽電子対消滅による511keVのガンマ線を放出します。Eu-152は122keVから1405keVまで多数のエネルギーのガンマ線を出しますがそれぞれの強度は低いです。シンチレーション検出器はエネルギー分解能が低いのでピークが広がって見えますが、Na-22からの511keVのピーク(緑色)、Cs-137からの662keVのピーク(青色)、およびEr-152からの1086keV と1112keVが重なったピーク(橙色)が識別できます。なお、ゲルマニウム検出器はエネルギー分解能が高いのですが、高価・複雑・重厚長大で検出効率が高くないので、GIROには安価で簡便なシンチレーション検出器を使用しています。
GIRO_Fig07
図7:回転台上に配置された3核種の線源とその強度。

それぞれの線源は1mm程度の大きさでほぼ点状です。それを図7のように回転台に配置して測定を行いました。測定時間は約20分でした。 GIRO測定のデータをSPECT解析する場合は、各核種に対応する3枚のサイノグラムを用意して、いずれかの検出器が図6右の色別領域に入るエネルギーのガンマ線を検出した時点で、回転台の角度とLORの変位で点を打ちます。またPET解析では、向き合った検出器が同時に511keVのガンマ線を検出した事象のみを拾い出してサイノグラムを描きます。各核種に対して得られるサイノグラムからRI分布をML-EM法で再構成しました。以下の図8がその結果です。
GIRO_Fig08
図8:Cs-137、Eu-152、Na-22線源で測定されたサイノグラム(上)とRI分布の再構成画像(下)。

図8の上はサイノグラム、下はML-EM法による再構成画像です。一番右はPET解析したNa-22線源で、それ以外はSPECT解析です。線源がほぼ点状なので、それぞれのサイノグラムはサインカーブで、その振幅・位相は線源の位置により異なります。SPECT解析では環境放射線やNa-22の1273keVガンマ線からのコンプトン散乱などによるバックグラウンドがあり、特にEu-152線源はガンマ線強度が低いのでサインカーブがようやく見えるくらいです。再構成画像で見えるスポットは図7の写真にあるそれぞれの線源の位置に対応します。一番右のPET解析ではガンマ線の同時検出事象のみを拾い出しているので、バックグラウンドが著しく低減され、サイノグラムの線が細くしたがって再構成画像のスポットが小さくなっています。ただし事象数はNa-22のSPECT解析の約24万に対してPET解析では1380で2ケタ以上少なくなります。

4.2 PETモード測定

ここではNa-22の点線源と面線源を用いたPETモード測定の結果を紹介します。測定の段階で511keVのガンマ線2個が向かい合った検出器で同時に検出される事象のみを測定回路で選別しています。測定時間は約1日です。

4.2.1 点線源

GIRO_Fig09 GIRO_Fig10
図9:Na-22線源の配置         図10:サイノグラム

使用したのは強度の異なる3個の点線源で、強度比は大体1:10:100です。図9にその強度と回転台上の配置を示します。図10は測定で得られたサイノグラムで、3個の線源に対応する3本のサインカーブがあります。サインカーブの振幅と位相は線源の位置に依存します。
GIRO_Fig11
図11:サイノグラムから再構成された線源の強度分布、(a)は2次元分布で(b)と(c)はそれをy軸と x軸に射影した1次元分布、右下は(b)のx方向強度分布を10倍に拡大した図。

図11はこのサイノグラムから再構成したRI分布です。(a)は2次元の線源強度分布で3個のスポットがありますが、その位置は図9の写真の線源と一致します。(b)と(c)は2次元分布をそれぞれy軸およびx軸方向に射影した1次元分布で、3つのピークが見えます。ピークの半値全幅は3mm程度で、コリメータ幅(4mm)より狭いのはPETモードの特長です。 (c)のx軸射影の縦軸スケールを約10倍に拡大したグラフが(d)です。バックグラウンドが低いので強度が最も低い2.2kBqの線源のピークがx=0mm付近にはっきり見えます。それぞれのピークのカウント数の和は線源の強度と比例します。

4.2.2 面線源

図12は2次元分布の陽電子放出核種線源を用いたPET測定の例です。線源の強度は約0.9MBq で、文字型に切り抜いたろ紙にNa-22の溶液をしみこませて作成しました。GIROの測定はPETモードで、測定時間は約1日です。図12(a)はイメージングプレートで測定した線源の強度分布です。文字の高さは約26mmです。(b)は測定されたサイノグラムで、RIの分布で重みをつけられたサインカーブの重ね合わせです。(c)はML-EM法で再構成されたRI分布の画像です。バックグラウンドは低く、また目立った像の歪みはなく文字の形はよく再現されています。
GIRO_Fig12
図12:文字型のNa-22線源の(a)線源分布、(b)サイノグラム、(c)再構成画像。


5.特色と応用の可能性

以上紹介したGIROは、回転する物体上のRIの分布を非接触で画像化する方法で、従来のPET・SPECTと原理は同じですが、用いる検出器の数を最小限にして装置を安価・簡便・移動可能にしています。また、検出器が被検体を取り囲むのではなく、被検体の両側で直線往復運動をするので、装置の構造として検出器がある方向以外は開放され、被検体の大きさや構造に自由度があり、またGIRO測定と並行して他の測定を行うことが可能です。さらに被検体の大きさ・構造に対応してGIRO装置の検出器の間隔や移動範囲を調整できます。ただし被検体が連続回転する必要があり、また測定に時間がかかるので、短寿命核種を用いた医療診断には不向きですが、比較的長寿命のRIをトレーサーとしてその空間分布のゆっくりした変化を観察する用途が考えられます。
RIトレーサーを産業に利用する例として、機械部品の摩耗試験があります。予め機械部品の摺動面をRIで放射化して、動作中の部品の摩耗を外部からのガンマ線計測で非接触・実時間で観察する方法があります。従来の方法では、摩耗する部品から潤滑液に混入するRIの放射線を測定するためには、図13左のように潤滑液を機械の外に循環させる必要があり、同図右のような閉鎖系では適用が困難でした。
GIRO_Fig13a GIRO_Fig13b
図13:機械部品の摩耗試験で潤滑液の循環系がある場合(左)とない場合(右)

閉鎖系で連続回転する部品のRI分布をGIRO法で画像化すれば、摩耗などによるRIの剥離を実時間で観察することが可能になります。 ガンマ線の測定に要する時間はマイクロ秒程度なので、かなり高速で回転する場合でも適用可能ですが、回転角を何らかの方法で知る必要があります。
産業に重要な金属材料の中には、摩耗試験に適した数日から数年くらいの半減期の陽電子放出核種を低エネルギーの陽子ビーム照射で生成できる元素がいくつかあります。表2にその例をいくつか示します。
そのいずれも陽電子放出後にさらに核遷移ガンマ線を放出するので、核種ごとにおおまかな分布をSPECT測定で得て、更にPET解析により高い位置分解能の分布を得ることが可能です。
これまで示した例では、回転運動のほうが往復運動より高速でしたが、GIRO法では回転速度と往復運動速度を比較的自由に選べるので、逆に回転運動を往復運動より低速にする可能性もあります。遠心力の効果が無視できる低速回転で、被検体をほぼ静止状態に近い状態にして、たとえば植物の代謝や十分遅い化学反応などの観察に応用の可能性があります。 そのほか、様々な応用に関する提案を歓迎します。